シリーズ第6巻「涼宮ハルヒの動揺」

涼宮ハルヒの動揺 (角川スニーカー文庫)

涼宮ハルヒの動揺 (角川スニーカー文庫)




動揺」を読んだ。


目次が目に入った瞬間、ついに来た!!


ライブアライブ


そもそも、ハルヒを読むきっかけになった「God knows...」という曲が、
アニメ版で使われたのはライブアライブという回だったらしく、
小説版でもいつかは出てくるであろうと期待していた話。
描写する状況が状況だけに、アニメ版だけの話になってもおかしくないところだったけど。


前巻「暴走」を読み終わった後、作者氏にぶーたれてながら、
まだライブアライブとか、相当する話が出てきてないな、
みたいな一瞬だけ思ったら、次で出てきたり、出来過ぎちゃうか?


もちろん、owlmanにとって、ハルヒシリーズ最大の期待。
頭ん中では、最初からGod knows...がエンドレスプレイ中。
まぁ、そんな状態で、一歩下がって考えると全然おもろなくても、
雰囲気で笑わせられてしまう吉本新喜劇を見てるような、
後日でも納得する正常な感想を持てるとはさっぱり思えないが。


ライブアライブ、おもろすぎて一瞬で・・・という前に短っ。
無理も無いか、曲なんかだらだら描けるわけないか。
結局、ありそうーで、あり得ない文化祭の一コマであった。


あり得ないか?
何でも率なくこなす文武両道な人間は同級生にもいたからなぁ。
すべてのシチュエーションが揃ったら、あっても不思議とまではいえないかもな。
確率はそれこそ宝くじのほうが当たるの早いだろうけど。



「動揺」は読みやすい短編集。
しかし、なんか。。。読み終わりの手応えが少ない、という感覚かな。


この「動揺」で気がついたのだが、挿絵が多すぎないか?
前巻「暴走」がどのくらいか良く覚えてないが、
「動揺」の本を曲げて親指でページを押さえるようにすると、
濃いなり薄いなりでインクの見えるページが出てくるが、軽く10ページはあるな。
以前の巻はこんなになかったように思うんやけど?


ライトノベルのあいまいな定義の一つに、挿絵がある、みたいなことがどっかに書いてあるけど、
ここまで多いと、小説からジャンル分けされる理由になる気がした。
小説でも挿絵があるものも少なくないけど、せいぜい1巻で数ページかと。


なんだか、ライブ〜の話を読んだら、満足してしまった。
そんなに意識してたわけやないけど、どうやら目標であったらしい。


ハルヒシリーズはまだまだ続くみたいやけど、owlmanはここで終了することにした。
幸いにも「次巻に続く」の流れではないので後ろ髪を引かれることはなく。
なんだか作者氏は、あとがきで独り言をいっているようですが。


表紙がハルヒのあっかんべーの巻で終わり、とか思って表紙をじーっと見てると、
このハルヒも例えば「憂鬱」の頃と描き方というか表情というか違う気がする。
色々あるけど、設定では1年経ってないのにな。



次読みたいとしたら、キョンがこの一連のシリーズを回想している場所が判明する巻かな。。。



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